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職場に労働組合を

名水労結成70周年、紙面から振り返る

名水労は今年2月5日に結成70年を迎えます。その歴史の中で、名水労新聞は時代に応じて様々なことを伝えてきました。

今年の新年号では、名水労の歴史を名水労新聞から読み解き、当時の関わった役員や組合員に振り返ってもらいました。題材は教宣部担当4名で話し合い、「労働戦線問題」「委託合理化とのたたかい」「災害派遣」「東海豪雨」の4点を特集しました。

号外10号外10

創刊当時の名水労新聞。現存する最古の紙面は1952年のもので、手書きです。

安原さん(上下水道局退職者会会長)

労働運動史を語る上で最も大きな出来事は「労働戦線統一問題」だったのではないでしょうか。当時を知る組合員が少なくなる中、当時委員長だった安原勝彦さんに話を伺いました。

安原さん

当時の状況を詳しく説明するには紙面が足りませんが、世界労連から分裂して結成された国際自由労連への加盟へ舵を切った自治労に反発し、名水労をはじめとした全国の水道下水道労組は全国的な組織の前身として「あり方懇(後の自治労連公企評)」を結成しました。

1989年7月8日号

1989年7月8日号

その後自治労連へと加盟していったのですが、当時の委員長としての思いは、「名水労の分裂だけは避けたい」でした。分裂はその後の労働運動の停滞を見ても明らかなように、労働者にとって不利益でしかありません。全国的にも当時三千人を超える単一労働組合で分裂をしなかったのは、名水労だけだったと記憶しています。

しかし、一部の政党から当局へ非常に強い圧力がかかったり、組織内でも組合員への揺さぶりが行われたりしました。

名水労は各職場・分会の平場で議論をし、「労働者・労働組合の利益」を最優先に取り組んだことで分裂を避けられたのだと思います。反対する組合員に対して「聞く耳持たず」でなく、意見を取り入れながら運動を進め、職場で繰り返し報告したことが信頼へとつながったと確信しています。「職場に労働組合を」を実践してきた名水労の路線を変えず、今後もがんばってほしいと思います。

吉川正春さん(1972〜2008年まで本部役員)

名水労新聞では「合理化」問題を過去何度も扱ってきました。近年、全国的に民間化・委託化の流れが強まる中、これまでの名水労がどのようにたたかってきたのかを吉川正春さんに聞きました。

吉川さん

名水労の「綱領」には、第1項『労働条件の改善』、第2項『水道事業を通じて都市行政の民主化を』、第3項『民主日本の建設』としています。先輩たちは水道事業の民主化を掲げ取り組んでいました。

私が就職した頃、木曽川に工場排水が流れ込み、市内半分に「臭い水問題」が起きました。当時、名水労は他の労組や団体と共に木曽川調査を行い、その原因と対策を追及しました。

1975年10月22日号

1975年10月22日号

また、社会問題化していなかった受水槽の汚染問題も取り上げ、簡易専用水道としての法規制に意見反映してきました。

労働組合は行政そのものを担ってはいませんが、政策提起の取り組みは住民の期待に応える上下水道事業への「警鐘乱打」です。 河口堰導水事業もその一つ。しっかりと仕事を行い、住民や自らの要求を政策へ反映させて運動を進めていってほしいと思います。

全国的に見ても名古屋は直営業務を残してきたところです。それには当局も現場の職員が必要だと認識したからです。私たちの先輩役員や局幹部そして何よりも組合員が「人が大事」ということを代々引き継いできた結果です。

災害などいざという時、直営力が残っていなければ対応ができません。「机上・現場」の枠組みにとらわれず、それぞれが担う責任を果たすことが重要だと思います。

内田工務長(千種分会)

阪神大震災から20年が経過し、当時派遣された組合員も高齢化してきています。内田博工務長(千種分会)に当時の記事を元に振り返ってもらいました。

内田工務長

 私が阪神大震災で派遣されたのは、2月25日から1週間。震災からは1ヶ月以上が経過してからでした。

被害が大きかった地域ではまだ水が出ず、給水車での応急給水を毎日10回程度、12時間以上作業を行っていました。

1995年1月28日号

1995年1月28日号

発災当初に派遣された人たちからは、瓦礫の中を三宮のセンターまで歩いていったと聞きました。現地では神戸市役所の6階部分が崩落、阪神高速が倒壊し、多くの民家が倒れ道路を塞いでいるなど、悲惨な状況が未だに記憶に残っています。

私たちが災害支援で行っているにもかかわらず、被災した市民からとても感謝され、非常にうれしかったと記憶しています。こういったことが日々の業務へのやりがいへ繋がると思いました。

大規模災害の時には、訓練すれば誰でもできることがあります。業務技師が採用されない現在、業務技師でない職種が給水車の運転や応急給水などを行えるよう訓練しておくことも必要なのではないでしょうか

想定されている東南海トラフ地震では、中部地方全域で大きな被害が出ることが予想されています。他都市からの応援が期待できないため、訓練や現場の職員の確保も重要だと思います。

丹羽さん(東配水分会)昨年度まで中央執行委員

2000年10月に発生した東海豪雨では、本庁・出先公所を含め、多くの組合員が不眠不休で活躍しました。当時の活動について、最前線で対応された丹羽税さん(東配水分会)に振り返っていただきました。

丹羽さん

当時の名水労新聞で掲載されたのは、東海豪雨当日、水没していた枇杷島で住民の救助に当たった記事です。首まで水につかりながら仲間とともにお婆さんを救助したのを鮮明に覚えています。

毎年のように日本各地で起きる豪雨被害ですが、物質的な備えだけではなく、心構えや覚悟が本当に重要だと思います。

2000年10月25日号

2000年10月25日号

被災することは不幸な出来事ですが、対応した職員にはスキルやノウハウが残り、いざという時に慌てず対応できます。

しかし、業務技師採用のない現在、災害時の経験を伝える若手が少ないことに危機感を抱いています。

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