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次世代に核兵器のない世界を引き継げるように

原水爆禁止2013年世界大会に参加して

8月7〜9日に長崎で開催された「原水爆禁止世界大会」に名水労から松枝中央執行委員を団長に、山内さん(北配水)、竹内さん(東配水)、伊藤さん(西配水)、杉本さん(西配水)の代表団5名を派遣しました。

山内さん(北配水)

代表団の皆さん

名水労の代表団の皆さん

短期間でしたが、ここまで深く平和の大切さや戦争の恐ろしさ、そして核兵器の脅威や命の重さについて考えた事はなかったので、私にとって貴重な経験となりました。

平和公園、原爆資料館や被爆遺構巡りをする中で、数々の悲惨な光景を目の当たりにし、改めて原子爆弾の凄まじい破壊力を思い知ったと同時に、それを手掛けた非人道的行為を疑問視しました。

68年の月日が経った今もなお、放射能を浴びせられた何の罪も無い被爆者の方々が、いつ発症するかもしれない病気に不安を抱えながら生きていく姿を考えると、胸が締め付けられる思いになります。

核兵器の廃絶と真に平和な世界を目指して、自分にも出来ること、ほんの小さな行動からでも取り組んでいきたいと思いました。

伊藤さん(西配水)

爆心地中心の碑

原子爆弾落下中心地

今回初めて参加しました。今まで教科書やテレビ等でしか知り得なかった核兵器の恐ろしさや原爆の悲惨さ、そして平和の大切さを学べたと思います。

特に印象に残ったのが、爆心地公園周辺の被爆遺構・碑めぐりの体験です。原爆の生々しい爪跡を間近で見てそれらにまつわるエピソードを被爆二世のガイドさんから聞いて胸が痛くなりました。

そして、このような事が二度とあってはならないと強く思いました。未だに核兵器は世界中に数多くあります。核兵器廃絶の活動や運動は日本だけではなく世界各地で活発になっています。

今までは他人事のように思っていましたが、これからは出来る限り積極的に参加していこうと思いました。

杉本さん(西配水)

山王神社の一本鳥居

山王神社の一本鳥居

今回、名水労の計らいで原水禁世界大会に参加できました。費用は自己負担でしたが、色々なことを学ぶことができ、感謝しています。

特に酷暑の中での現地見学は迫力がありました。爆心から8百mにある山王神社の一本鳥居は、2千度の熱線で4秒間焼かれ、表面は沸騰し片足をもがれても被爆者の怒りを今も私に突きつけてきました。

安倍首相は消費税を増税し、労働者からむしり取って金持ちに貢ぐだけでなく、憲法を改悪したり、集団的自衛権を容認するなどの戦争政策を強めています。長崎をはじめアジアの2千万の人命を奪った戦争を二度と許してはなりません。

「次の世代に核兵器のない世界をひきつげるように」と心に誓いました。

竹内さん(東配水)

今回初めて原水爆禁止世界大会に参加しました。

▲7日(一日目)

開会総会は、日本全国から原水爆禁止を訴える方々や、海外代表の方々も集まり会場は凄い人で溢れていました。でも正直この時点ではまだ原爆の悲惨さなど、学校の教科書に載っている程度の事しか解かっていなかったのが事実です。

壇上で喋る方の内容にもあまり感動するとか、共感するとかの実感が少ししか湧きませんでした。浅い知識しかありませんが、原発に反対ですし、原爆も二度と使われない事がいいのは当り前と思っていてもです。

▲8日(二日目)

山王神社の大クスノキ

山王神社の大クスノキ

爆風で飛ばされた石がめり込んでいる

二日目は、うごく分科会の被爆遺構・碑めぐりに参加させていただきました。

ガイドさんに案内され、被爆された方々の慰霊碑、原爆には耐えたけど事故でいつのまにか無くなった大鳥居、原爆の影響で片方しかない片足鳥居、山王神社の敷地内には大クスがあり、木の中に爆風で飛ばされた石が入っていました。

松山爆心地公園には色々な碑が在り、中には市民の賛成無く作ろうとして反対運動で公園の隅に置かれた慰霊碑、原爆が投下された真下にある原爆投下中心碑、浦上天主堂の遺産など数多くの碑がありました。他にも平和公園にエスカレータ、エレベータを作るとき出てきた防空壕が一部保存してある状態の場所までありました。

ガイドさんが、被爆の影響を受け一瞬に高温で熱された煉瓦を見せてくれました。川原にはまだ当時のガレキなどあるそうですが、原爆の影響を受けた物は資料として持って帰る人が多いらしいので貴重な物だそうです。記念にじゃんけんに勝った者はその煉瓦を頂けることになり、なんと勝ち進み「記念品」として頂いてきました。大切に保存して残していきたいと思います。

ちょうど平和公園を通りかかった時に時刻が11時02分になりました。原爆投下された時刻です。平和公園で黙祷できた事に感動しました。

午後には被爆者の方の体験談を聞かせて頂き、あっという間に時間が過ぎてしまいました。当時の状況の話しは、田んぼで遊んでいただけなのに一生残る傷を受けたこと、被爆した後の出来事、川原の多くの死体等々、聞いていて心が痛くなる内容ばかりでした。

被爆者の高年齢化により生の声を聞ける最後の世代として聞けただけでも貴重な体験でした。

長崎原爆資料館では、当時の衝撃を窺わせる建物の一部に投下された原爆ファットマンの模型、手の骨とガラスが溶けた状態の物、現在までに行われた核実験の表(自分の想像より遥かに多かったです)、当時の被爆された方々の手紙、長崎に捕虜として被害にあった外国の方の日記等々。この原爆資料館に来られたことを感謝しています。

▲9日(最終日)

世界大会会場

閉会総会は開会総会とは違う心境で出られたのは、この短い間に色々学べた事が大きいと思いました。自治労連青年部として壇上にあがり、まさか発言者の方の横に立つという想像してなかった事になり焦りましたが(団扇を裏返すのが遅れました)見る側ではなく、参加していると実感できたのは凄く良い経験となりました。

最後に閉会総会の時にオリバー・ストーンさんが日本の若者は戦争の歴史を解かっていないと言われたときに衝撃を受けました。現になぜ戦争が始まりどんな過程を踏んで終戦になったのか、なぜ原爆が落とされなくてはいけなかったのか、勉強不足で解からないことが沢山あります。

あっという間に3日間が過ぎてしまいました。今回、参加前の心境と帰るときの心境はまったく別のものになりました。これを機に学ぶことが沢山あることを実感できた三日間でした。参加させて頂き、本当にありがとうございました。

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