刈谷市美術館に勤務していた倉田康弘さんが、98年に30歳の若さで亡くなったのは過労が原因として、公務災害として認定するように求めた控訴審の判決が、11月25日に名古屋高等裁判所でありました。
大法廷に入りきらないほどの傍聴者の前で言い渡された判決は、「控訴棄却」という不当なものでした。判決後、裁判所前では、「不当判決は許さないぞ」と怒りの声が上がりました。

判決では、持ち帰り残業を部分的に認めるものの、多くの超過勤務を切り捨て、一週間に20時間を超えないと認定。定期健康診断で「要検査」とされた倉田さんが、機構改革によって過重な業務を強いられた事は、全く考慮されない不当判決です。
判決後に行われた報告集会で、支援する会事務局の飯田重男さん(柴田分会)は、「今日こそはという思いでいたので残念です。公務の仕事は絶対にやらなくてはいけない重みのあるもので、それが分かっていたからこそ倉田さんは必死に仕事をしていたと思います。裁判官は公務の重みを考えてほしいです。原告の倉田さんは、いつも先頭に立って署名なども集めて、がんばっていました。今後も倉田さんを支援していきたいです」と語りました。

原告の倉田利奈さんは、「まだ、ショックで事実が受け入れられず、気持ちの整理もついていません。公務災害申請を決意してから今日で丸10年経ちます。あきらめかけた日はたくさんありましたが、ここまで辿りつけたのは皆さんのご支援があったからです。
地方公務員災害補償基金の態度は、一人の命が亡くなったという事に対しての重みが感じられず、いつも信じられない思いでいました。それが、今は裁判所に対しても、『命の重さ』が分かる判決を出してもらえず、不信感を持ってしまいます」と、涙をこらえながら挨拶しました。